午前中、区の助産師さん訪問がある。母親の面談と、赤ちゃんの体重測定。体重測定は助産師さんが持ってくるバネ計りにはだかんぼで乗せられて、本人は泣いていたがかわいい。誰かに抱かれていても、ベッドに寝ていても、何をしていても「ちっちゃい…かわいい…」となるのだが、いつまでこんなに小ささを感じさせてくれるんだろう。

サイコさんとタバタさんが老眼鏡のやり取りをしているのを見て、母のことを思い出した。母も当然老眼鏡を使う歳。タバタさんが老眼鏡をかけながら手元の図面と現場の状況を交互に見るのが難しい。と書いていたが、母も同じようなことを言っていた。タバタさんにとっての図面は母にとって楽譜で、現場の状況は目の前の生徒さんということになる模様。交互に見るのが大変だと嘆いていた。

ちなみに、母はとにかく顔のところにメガネがあるという異物感も耐えられないらしく、結局かけたり外したりを繰り返している。その方が面倒じゃないの?とメガネと一心同体の私なんかは思うのだが。そうなると「あれ?さっき外したメガネどこいった?」という状況が生まれるらしく、母がとった行動は家のあちこちに老眼鏡が置いてある環境づくりであった。百均の老眼鏡が思いのほかフィットしたらしく、あっちにもこっちにも百均の老眼鏡が置いてある感じに。各々の生活に各々の正解があるもんだなあと、実家のあらゆる場所にフリーメガネとして置かれている老眼鏡を見ながら思ったものだ。

そんな実家の母は東京での仕事がてら、ちびちゃんに会いにくる予定でいたのだが、風邪を拗らせてしまったらしく今回の上京は中止に。我が家に来れなくなったのは正直おまけの話なので全然いいのだが、自身の不調で仕事をリスケするというのはあまり見たことがなかった。当たり前なのだが母だって歳をとる。

商店内には私の一歩先行く先輩方が多くいらっしゃるので、ここからやってくるだろう親の不調との対峙の仕方を日記を通して学ばせてもらっている気持ち。もちろん自分の親にはいつまででも元気でいてほしいんだけど、こればかりは抗えないことのひとつだと胸に刻む。

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