旅行後、非日常と日常の間
昨日は急な嵐の日だった。 旅行2日目、最終の飛行機で帰る予定だったのに。 初日、目的地に着くと同時に復路の天候調査のメー...

島縞
シマシマ
2026年2月16日
私ももっと振り返りたくなって、住んでいたところ。
初めてと2軒目は借家。
どちらもボロボロのおうちで、今はもうない。
1軒目は写真が残ってた。縁側があって。
雨の日、ここで小さな小さな妹と弟と、母の帰りを待っていた、朧気な記憶。
生まれてから4年くらいはここに住んでたのだと思う。
このころから、私のそばには猫がいたんだ。
3歳?の誕生日の写真には、時代を感じるケーキ。横にあるお菓子は、誕生日プレゼントかな。

2軒目は、もっとちいさな古いおうち。
いても2年くらいだったんじゃなかろうか。
ご近所で火事があった。朝なのに、西の窓なのに、ものすごく橙だった。
そうしたら、「火事!火事!」と近くの人が慌ててやってきたのを覚えてる。
横に下り坂があって、補助輪のついた自転車でしょっちゅうそこを下ってた。
ある日、その道を塞ぐように太くて長い蛇が横たわっていたことがあった。
この頃の記憶なんてそうないのに、変なことは覚えているもので。
3軒目は今の実家。
ローンをくんで、大工のおじさんが建てた家。
小学校入学目前の春に。
住み始めたすぐ、きょうだい3人こたつに入ってテレビを見ていた。木の匂いが、いつまでもたち込めていた。
そこにも猫は代々住んでおったな。
4軒目〜7軒目は大学・大学院時代。
貧乏なわが家、なんとか進学をゆるしてもらったけれど、一人暮らしはお金がかかる。
最初の下宿は、お風呂・トイレ・台所共有。
隣に大家さんが住んでいて、父が釣った魚を送ってくれる都度、お世話になっている大家さんにお届けしていた。
それから大学の寮に入ったりして。
就職して一人暮らしした8軒目は猫と暮らせる物件。
そこで2匹の猫と数年過ごした。
体壊して仕事辞めて、それまで10年ほど過ごした佐賀をあとにして実家に帰った。
そんなわけで、9軒目は古巣・実家。
半年ほどパートしながら、次の仕事に備え、10軒目は2年間のお仕事をこなすべく、猫と一緒に暮らせる長崎市内ど真ん中の物件。
路面電車があるので、車がいらない。
裏には一人暮らしを助けてくれる八百屋さん。
すぐそこにはアーケード。
この頃は、しょっちゅう新聞社の映画鑑賞に応募して、プレゼントつきの映画を楽しんでいた。恵まれてた〜。
転職とともに、長崎を北上。
11軒目は猫とは暮らせなかったから、実家になくなく預けて。
職場には、同じ年の子がふたりいてその子たちとしょっちゅう過ごしてた。
なにかあれば、大村湾を見ながら励まし合ったりして。
その頃、自転車屋さんとも仲良くなって、競技用自転車にも乗り始めた。
ヒルクライミングみたいな激しいのはできなかったけれど、長距離サイクリングイベントや、チームでトライアスロンリレーイベントに参加した。
私はラン担当。
萱瀬ダムで、自転車とランの練習を週末の度行っていて、ランチ食べたりとか、誰かの誕生日には自転車屋さんに集まって誕生会したりして。
仲間がいるってこんなに人生楽しいんだ、って思えてた頃。
12軒目も猫とは暮らせなくて、長くはいなかったのだけれども、ここにいる間に旦那さんと出会って、結婚して13軒目、旦那さんが義父と暮らすおうちへ。
ふたりで暮らせるおうちも、私が五島へ戻る前に旦那さんが探していたんだけれど。ふたり暮らしは見送った。
3人暮らしから4人に増えてまた3人に。
娘の小学校入学を機に、今の団地へ。早いもので4年が経とうとしている。
住んでいる家を振り返りながら、半生も振り返る。
サイコさん、よい機会をありがとうございます。