ぼくらは本をよんだりTVをみたり思ってることをしゃべったり
今日はピラティスに行く予定だったけれど風邪のためおやすみ。写真は、今日のがなくて、カメラロールあさってでてきた10年前の...

浮記
ウキ
2026年6月26日
それは赤羽の景色。小学校3年間、赤羽の塾にかよっていた。赤羽は第二の故郷。
さて、仕事でモヤることがあった。頭では解っているものの「でも、そりゃ、ないぜ」ってかんじだ。モチベーションだださがり。たぶん言っていることはなにひとつ間違っていないのだけれど、言う順番が違うだけで印象がかんなり変わる。他のひとはどう思ったのだろう。在宅でなければ「じゃ、お昼にでもいきますかー」ってなって同僚たちとボロクソカスに言えたんだけれど、それができない。そもそも、それができない環境に不満があるのかもしれない。だけどそれによって受けている恩恵があるから結局ないものねだりなのだ。けれどその恩恵だって最低条件なのだから情報や根拠がそろっていない状況で脅すのってなんか違くないかい。ちょうど来年度はやくて10月ころに準備したいことがあったのでもういっそ今から転職活動しようかなというモードに….。
子どものお迎えのときには一時雨がやんでいたのでよかった。それより地震の日だった。結局夜の寝かしつけのときにもあって、あとから確認したら震源地は山梨県だという。子どもとふたりっきりの状況でしかも大雨の夜、緊急地震速報が鳴り響くと緊張がはしる。寝付くまであともう1歩ってとこだったから一瞬お目目パチクリになっだけれど、わたしが「大丈夫だよ」というとそのまま地震の揺れで寝た。不謹慎承知の上で正直にかくけれど、ベビーベッドが大きいゆりかごみたいだった。
ちょうど寝就く前、おもしろいことがあった。いまもまだ現役のベビーモニター、0歳のときからデフォルトではいっている子守歌をよく使っていたのだけど、当時からそれを子どもの名前で替え歌にしていた。さいきんになって、それをウキッコがスラスラ歌えるようになったのだ。しかも途中は「〇〇くんは~天使~ちゃん♪」なのだけれど、ラストは「あぁ我らの天使~♪」で終わるのを、わざと「あぁ我らの天使~ちゃん♪」と字余りで歌うのにハマってゲラゲラ笑う。これを寝る前に何度も繰り返すので「今日はもうおしまい」と伝えたら「〇〇くん、このお歌だいすきなの!」と言ってきた。あと1回でも面白いことがやりたいって思いなんだけれど、なんだかじーんときてしまった。0歳まだ横抱きだったときのオリジナルソングも、いまになってたまに「赤ちゃん抱っこして」とねだってくる。あぁ、ずっと聞いていたんだね、覚えていなくても、聴くとなつかしいんだね。もちろん当時から恩着せがましくやっていたわけではないけれど、あの慌ただしい0歳の時の自分がなんだか報われたきがした。子どもがなんとなくでも憶えているのって親はうれしいものなんだな。そういえば義両親が旅行終わりに言ったのは「今日のこと、大きくなっても憶えているかなぁ?」だった。親の期待に反して何気ない小さな日々のことの方を憶えていたりするってのは、自分が子どもの立場としてよく知っている。だから、もしもしちゃんじゃないけれど、わたしも生活を愛したい。我らが杉咲花ちゃんも“人生をかけて生活をして、それを仕事に落とし込みたい”と言っていたしね。彼女は役者だから特にそういう言い方になるのだろうけれど、では我々一般人が言えることは“ていねいな生活”ではなく“人生をかけて”に通ずるダイナミックさなのかな。それがすべて、とか、まるごと、とか、そういうニュアンス。個人的には“暮らし”という言葉がすきだ。“(途方に)暮れる”と同じ字だからさ。

埼玉県さいたま市/36歳