それをどう捉えるか
今週末は辻堂の駅前でいちの市。昨日父子がバスケに行っている間にひとりでぶらり行ってきた。賑わいはあるけれど混み過ぎず、ゆ...

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イチマンキュウヒャクゴジュウナナンブンノイチ
2026年6月23日

ユカちゃんの日記を読んで思い出した。「生まれ変わったらとか今の仕事してなかったら何してた?」
野外フェスがちょうど流行り出した当時、もう社会人だったけど転職するならフェスの企画会社がいいかも!っとわりと真剣に考えたことがあった。『roking’on』は確か大卒必須で、げ、短大じゃダメかと思ったような。
毎年1年掛けてみんなで大きなお祭りを作る。数万人の大人をこれだけ熱狂させて、“また明日からがんばろう” って気持ちを沸かせる。なんと素晴らしい商売だ◎ 好きなアーティストにも会えそうだし、毎年確実に行けるし、いい場所で見れそう的な邪な気持ちも当然あった。
病院へ行くと、こうゆうホスピタリティがある方々のお陰で社会がまわっているのだなぁとつくづく思う。一方でわたしはせっかく選べるなら、ピンチを救う仕事はどなたかに任せて、ハッピーを盛り立てる仕事に就きたい。言語化こそしていないけど、それは小さい頃から思っていた。
子どもの頃(ちょうど今の息子くらいの歳かな?)、団地の商店街にある床屋から母の行きつけだった駅前の美容院に昇格した時に、どストレートの髪をクルクルブラシで可愛く仕上げてもらってすごく嬉しくなって、「大きくなったら美容師さんになろっかな」と母に言ったら、「手が荒れちゃうし立ち仕事は辛くて大変だよ」と止められた記憶がある。その後カリスマ美容師時代が到来して、やっぱなっておけばよかった?とちょっと思ったけど、母は娘の不器用さと大雑把さを知っての助言だったのだろう。
学生時代はウエディング業界に興味を持って結婚式のバイトもしたな。最終的に随分現実的な着地をしたけど、不動産の仕事もピンチを救う仕事とハッピーを盛り立てる仕事の2つに分類したら後者に近い。何の話をしてるのかわからなくなってきたから、そろそろ終わりにしよう。苦笑
ソフィ、そうそう実はノゾミさんなんですよー。しかも新幹線よりのぞみ歴は先輩です!
写真は今朝息子の部屋で見たもの。神社かよ。