ビジネスマナーの無さをアホウドリの「ケッケ」に救われて
深夜、ふと目が覚めてトイレに立つ。 寝ぼけ眼のまま、習慣でついスマホを手に取ってしまうのが私の悪い癖だ。 そもそも、ベッ...

もしもし五島列島
モシモシゴトウレットウ
2026年5月27日

「豊かさは前には進まんぞ」
テレビでとろサーモン久保田が、売れて調子に乗っている後輩芸人に放った言葉。妙に心に突き刺さって離れない。
何度か音読した。
私たちはつい、豊かさや幸せというものは「前に進んだ先」にあるものだと思い込んでしまう。もっと売れたら、もっとお金を稼いだら、もっと良いものを手に入れたら、その先にまだ見ぬ極上の幸せが待っているはずだと。
上には上があって、終わりなき階段をどこまでも登り続けなきゃいけないような気がして、求めれば求めるほど、さらに新しい何かを追い求め続けてしまう。
けれど、本当はきっと違うのだ。
豊かさのゴールなんて、最初から一歩も動いていない。
「あぁ、自分はいま豊かだな、幸せだな」と感じるその心の場所は、実は小さい子供の時からもう、自分の中でとっくに完成していて、すでに知っているはずなのだ。
煮崩れまくった肉じゃがをどんぶりにしてかき込んでいるとき。
生成AIと格闘しながら、どうでもいいフランクフルトの画像を作って笑っているとき。
ホットカーペットの上で、ただのんきに寝転がっているとき。
私の豊かさは、いつでもその「何でもない瞬間」にちゃんと佇んでいる。
だから、周りと比べて調子に乗ったり、高級なものを無理に買い漁ったり、外側にある新しい何かを必死に求めに行ったりしなくていいんだな、と深く腑に落ちた。
問題は、豊かさが前に進まないことじゃない。
私たちが、自分の中にあるその場所を「忘れちゃう」ことだ。
忘れてしまうから、手元にない幻のようなものを追い求めて、変なループに迷い込んでしまう。
だからこそ、私たちは「前に進む」のを一回やめて、自分の中の豊かさを「思い出す」という習慣をつけなきゃいけない。
外を探し回るのをやめて、足元にあるお気に入りの豊かさをじっと見つめ続けること。
それだけで、人生はもう、とっくに満たされている。