エージェント登録しはじめたのは6/27だった模様。

7月末には引っ越しを視野にいれて、同時に応募した企業から本日めでたく採用の連絡を受けた!いぇい!

あ~長かった。書類選考から適性検査に一次二次、お盆はさんだりしたのもあってやっと。

書きそびれたけれど保活も引っ越してきてから二転三転あって急遽10月からの保育先が決まったので、とりあえず引っ越し・就活・保活の同時進行が無事終了した。あ~がんばったワタシ!

引っ越しも就活も出会い自体はご縁というか、運要素つよいけど、ビビビッときたものを逃さないの、自分でいうのもなんだけどいつもよくやるなーって。保活に関してはあんだけ調べたのに揺らいでしまうし、どうにもこうにもできないことが多すぎて来年4月まではちょっとイレギュラーになる。それでもちゃんと通える園がみつかったのは奇跡にちかい。一歩間違えたらどこにも預けられない事態だった。なめてたぜ東京都の0-2歳無償化の影響を。遠くから見ているといいなぁと思っていたけれど、いざその中にはいってみると「コレって制度としてどうなんだろ....」とも思ったり。無償化ってむずかしい。恩恵受ける身ですら懐疑的なのだから。

一つ残っているのは現職の退職願い。結果がでるのが遅くさすがに9月末というわけにはいかなくなり、入社も遅めてもらったけれど、にしてもシルバーウィークはいるまでに言いたかった。

上長だけには伝えられたし、元人事の方だったから相談にものってもらえてよかったけれど、辞めるって伝えるのむかしから苦手だ。何も悪いことじゃないのに、なんでこんなに言いづらいのだろう。少し前にサイコさんが所属したどこかをやめる時、清々しく穏便に去れる訓練。

と言っていて正に~!となったけれど“穏便に”ってのはなんとかできても“清々しく”ってのがなかなかできない。むしろ最近は清々しく送り出してくれるような人が増えたと思う。エッそんな簡単に送り出されるとわたしってそれ程度のニンゲンだったんですかねってつい卑屈になってしまうくらいで。でもそれこそ百戦錬磨のひとたちだからできる業なのかな。前の会社では引き留めまくるのが常だったけれど、中には「辞めるひとはどうせいつか辞めるんだからいーじゃん」っていうさっぱりした人もいて、わたしはだんだんとそういう思考にシフトしていくことができた。とはいえバイトやパートで成り立つ環境下にいると、採用して育成してやっと独り立ちみたいなところで辞めますといわれて結果一時的な人不足のカバーを自分でやるってなると「ちなみにさ、、、、」とか言って引き留めたくなるもんだ。だけどいざ自分が辞めるときに、その「辞めるひとはどうせいつか辞めるんだからいーじゃん」と言っていた先輩が「社長以外の人間はいつだって辞めていいんだよ。悪いけど〇〇さんが辞めても会社はまわるから」って清々しくいってくれたのがうれしかった。それくらいサッパリ言ってくれる人に、自分には足りていないところで憧れるんだなーなんて思いながら。今回の元人事の上長も「それで回らなくなってもそれは会社の責任だから」って言っていて、ああバウンダリーよ....となった。結婚してからフルタイムで働くのは約5年ぶりなのだけど、あらためて“情熱は人一倍、でもバウンダリーをひきながらどう働くのか”がテーマな気がする。

はぁ、とりあえず「人生は自分で道を切り拓いていかなきゃね」というか「切り拓いていける人生を歩みたいのだね」と言っていた2か月前のわたしよ、どうにか最初の道は見えました。あとはどう歩んでいくかだね。