まいった。なめてた。もうわたしの知っている渋谷はいない。宮益坂方面の目印がヒカリエだったはずなのに、ぜんぶヒカリエみたいな見た目のビル群。←がどこなのか書くなら→も書いておくれよ。こんな工事中の要塞のなかじゃあ全貌がつかめない。
ウキッコ0歳の頃、唯一?泣きながら夫に迎えに来てと電話したことがある。二子玉まで遊びに行った日、行きにさんざん乗り換え苦戦したから帰りは大丈夫かと思いきや全然ダメでやっとたどり着いた湘南新宿ラインはベビーカーOKの車両を2度みおくっても乗れそうになかった。
田園都市線から地上にはいあがるためにエレベーターを3回は乗り継がないとならぬ。途中のお手洗いで疲れ切った0歳のウキッコがおむつ替えでギャン泣きしたとき、わたしも疲れ切っていてギャン泣きしそうになった。大人なので泣かないけれど代わりにイライライライラしてーだってそんな抱きつかれたらウンコが手につくし、こちとら順を追って早急にやってんのに「早く〜!」とクソデカボイスの喃語で訴えられる。このスピードを阻害しているのはBaby boyあなだたよ?だけどそもそも子どもは二子玉ではらぺこあおむしの遊び場であそびたい!だなんて言ってなかった。親の都合、子の都合だとしても怒ることないのだけど親の都合にふりまわされている子を見てイラついてるだなんてと自己嫌悪MAXだ。いまなら“都合”とか言い出したらオシマイって思えるようになったけど当時のわたしからしたら世界一のダメな母親にかんじる瞬間だった。「うるさい!」たしか初めて言った気がする、夫に電話してそのことを伝えたら最初「えっ...?(そんなことで?)」て反応でちょっと我に帰ったり。
今でもイッパイイッパイになると怒鳴るかわりに無駄に実況中継してしまうことがある。今日かきぬまさん家からの帰り道、まさにそんなお母さんにでくわした。子どもが座席でギャンギャン泣いている。2-3歳くらい?の女の子。親は?まわりもそんか雰囲気で明らかに女の子を見て冷ややかな笑みをうかべている若者集団もいた。子の口の周りにはクリーム、吐いているわけではない、親がいないわけないけど、近くの座席に座って何か持っていなかったかカバンの中をさがす。カード入れの中にゲーセンのアンパンマン号でもらえるメロンパンナのカード。とりあえず渡してもいいかな?とさらに見渡すと女の子からそこそこ離れた場所にお母さんらしきひと。アイスのカップを持って「もうママたべちゃうからね、いま食べさせたママが悪かった、ママが悪かったよ!」などつぶやいている。これ知ってる、たぶん分かる、憶測でしかないけれど、子どもがアイスを食べたいとごねた→電車の中で食べることになるので今じゃないと思いつつ与えた→アイスを食べて子どもの口や手がベトベトになる→とりあえずふこうとアイスをとりあげる→欲しい欲しいとなり泣く→わかってる、まず1回ちょっと拭くだけ、となる→さらに泣いて大惨事になる→とりあえず拭いたりするのに距離をとる ではなかろうか。そして「アンタが食べたいって言ったんでしょうがあああ!いま拭いているだけだからああああ!」と怒鳴りたいのを、黙ってはいられないから冷ややかな目をおくるひとに対しても半ばあてつけの実況中継なのではないか。お母さんの手元にはアンパンマンのミニかばん。こういうときの正しい行動はわからないけど「どうぞ」と女の子にメロンパンナカードを渡してみた。びっくりしてピッタリ泣き止んだからかお母さんが駆けつけて「すみません」と、それはこの状況の救世主!ではなく、ありがた迷惑顔に近かった。「わたしも子どもいるので」と言い、少し離れた場所に戻り、子どもがまた少し泣き出して目が合うたびにニコッてしてみる。「だれだコイツ?」だとしても泣き止んでくれるだけで少し落ち着くのではないかと思って。お母さんは「ほら、メロンパンナちゃんだよ、ありがとうって言える?」そのあとも何度かメロンパンナちゃんと言っていたので、この行いによって余計に自分を責めること要素にならないよう願う。それでも電車を降りたあと、ひとりいい事した気になっていないか?と自問自答する。自分にとってよかったことが、ほかのひとにとっていいとは限らない。お菓子ではないもので、など考えを巡らせた上ではあったけれど、正解はわからないしないのかも。だからと言ってスルーはできないから行動して、反応をみて、経験をつんでいくしかない。
かきぬまさん家ではいろんなことを話した。とめどなく、時間がたりなかった。人とはなして自分を知る、記してまた自分を知る。どちらも大切なことで、いろんなことを教えてもらった。わたしが受け取ったのも、かきぬまさんの感情だった、そして最後におまじないをおそわる。
二子玉に行ったわたしも、いまのわたしも、べったべたのアイスを距離とって食べるしかなかった実況中継のお母さんも“渦中”にいるんだって、そう思えば自責の念も渦巻いてゆき出口なんかないことに気づいてそのまま消えてなくなる、かもしれない。柿沼さん、ありがとうございました!





