妻がスリランカ旅行で知り合った方が、AIなどに詳しい専門家で「とってもいい人だから会ってみたら?」と強く推奨される。調べると、ある意味、プロのコンサル的な方なので、仕事として依頼できる目処もないのにアポを取るのは失礼では?とも思ったのだけど、妻に大丈夫!と言われて、本当に面会。私より数才年上だけど、若々しくて気さくな方だった。もちろん頭も柔らかい。うちの職場の先輩方に見習ってほしいものだ。話は大変、参考になったし、また私が最近考えていることを聞いてもらえたこともありがたかった。そう、私も相当色々考えているのだけど、話して壁打ちできる相手があまりいないのがフラストレーションなのだ。それに気付けたことも収穫かも。
しかし、ついでがあるので、とわざわざ愛宕にきてくれたのだけど、こういう方と会って話をする場所って、意外と探すのが大変。私の勤務先のビルにもスタバはあるのだけど、何というか意外と狭いし、一人でPCやスマホいじっている客が大半であまり話をする雰囲気ではない。駅の近くのエクセルシオールをのぞいてみたけど、こっちはさらに一人客密度が高い。欲しいのはルノアールかな?
結局、チェーンじゃない客の少なめのカフェを指定したものの、時間前に行って席を確保しようと思ったら、客が多く、テラス席となった。まあテラスは私達だけだったので、互いにPCを開いてゆっくり話せた。

帰り道、皆さんの日記を読む。ユカさんオットさんのサブフォー!そうだった、私もフルマラソン走らないと。本当は今年の前半でこの課題をクリアしておくつもりだったのだけど、年明けの衆院選のせいでなんか色々吹っ飛んでしまったままだ。

Sakiさん息子くん、坂井三郎!私も読んでます。とても興味深くて貴重な記録だと思います。単純に読み物としても面白い。撃墜数を盛りすぎじゃないか?みたいな批判も一部からはあるみたいだけど、それは些細なことだと思う。戦時中なんてそもそも大本営発表だって出鱈目だったわけだし。記憶で書いた戦時中の回想記に多少の勘違いも付きものだし。この人は幹部兵でも何でもない海軍の水兵で元は砲兵だったのが、パイロットに志願して、しかも合格して最も高度な戦闘機パイロットになり、開戦から終戦まで戦闘機に乗り続けて、生き残った人物だ。台南航空隊からラバウル航空隊、そして最後は硫黄島。最後の硫黄島がある意味、凄まじく戦争の不条理を感じさせる。ボロボロの戦闘機で何とか米軍機の大群に立ち向かうのだけど、最後はついに飛ばせる飛行機が無くなり、近海に現れた戦艦からの猛烈な艦砲射撃を喰らう。坂井氏らは「どこにいたって当たれば死ぬ」と言って、見晴らしのいい山頂に登ってこれを見物。そして飛行機がないなら陸戦隊となり戦うしかない、と当然死を覚悟して銃や刀を用意する。ところが数日後、搭乗員は内地に戻り次の戦闘に備えよ、ということになり、本土から飛んできた輸送機で横須賀にあっという間に連れ帰られる。数時間の飛行で戻った横須賀は、地獄の硫黄島と全く違い、誰も呑気で「戦争なんてどこでやっているの?」という雰囲気だったそうだ。坂井氏は、輸送機を見送る整備兵らの顔を複雑な思いで見ていた、と記述している。戦争は不条理だ。

ところで今朝の朝刊。この人の名字の由来を全国で何人の人がAIに尋ねているだろう?(笑)全国に30人?広島と埼玉。この方は広島出身ということ。なるほど。




