38週3日
次男は登校、学級閉鎖中の長男は朝からリモートで朝の会。先生が点呼をとっているので画面に映らないように横で様子を覗き込む。
「かきぬまさん」『はい』「はい、いますね」
「○○○○さん」『はい』「はい、いますね」
「○○○○さん」『はい』「はい、いますね」
「××××さん」『おっす、オラ悟空!』「はい、いますね」
「○○○○さん」『はい』「はい、いますね」
ひとりおかしいやついたぞ?って笑ったが、日常茶飯事らしく先生スルーの点呼が終了。4年生おかしい。
自宅学習用の結構な課題がオンラインで送られてきて、ひーひー言いながらやっていた。今時の学生は大変だなあ。インターネットがそこまで浸透していない時代に小学生やってた身からすると、Google meetでの朝の会も、iPadで提出する課題も、驚きの連続だ。

今日は我が家の習字の先生であり、ママ友でもあるお友達と近所でランチ。これが出産前に家族以外の誰かと会う最後の予定だと思う。最後に気心知れた友人と美味しいものを食べることができて良かった。家の近くで気になっていたお店(フレンチカレーのお店だった)にも行けて嬉しかった。やさしくて、頑張り屋で、同じ年に母になった素敵な友人。会うといつもパワーをもらえる。互いに地元を離れ東京で子育てしている仲間として、本当に助けてもらっている。感謝しかない。
産休に入ったら、会いたい人、ひとりで行きたい場所、やりたいこと、いっぱいあった気がする。だけど、結局一日のうちの何割かは横になっていないとままならない感じだったから、これで充分だったのかもしれない。産前は会えなかったからこそ産後に会える人もいるだろうって、前向きに捉えたい。
と、今日の日記はここで終えようかと思ったのだが、浮記さんの日記を読んでどうしても書かずにはいられず。もう少し書く。
保育園探しのところ、うんうん頷きながら読んだ。保育者ではないが、保育業界で働いているからなおさら。
まず大前提に子育てというのは正解がないだろうし、各家庭で「こんなにも!」と思うくらい大切なことや優先順位が違うという事実があると思う。それを大大大前提としながらではあるのだけれど…浮記さんの書いていたこの部分が特に刺さった。
子どもの自然な欲求を大切にするって言われてしまうと、幼児にたいしてはある程度大人のコントロール、導きが必要なのではなないかと思ってしまう。
働いている時、よく現場のなかで「環境のデザイン」的な言葉を耳にした。これは子どもたちに本当の意味で体験や学びを与えるためには、まず大人(保育者)が事前の環境を整えるべきだ、という意味合いだった。大人の過剰な誘導はもちろん違うと思うが、しっかりと土づくりをしてから体験という種をまくことによって、本当の学びにつながるよね。それではじめて種から芽が出るんだよね、という話。そして、その土壌、つまり先の体験や成長を見据えた保育環境をいかにしっかり整えてあげられるか、そこが保育者の腕の見せ所である、と。更に自分が手がけた「環境のデザイン」によって、その先にある子どもの学びや成長を生み出せるのが保育の醍醐味なんだ。という内容だった。
しかし園長先生が若い先生に対して、本当はそこが一番おもしろいところなのに、ただ子どもを見てるだけ、の子が多い。勿体無い…と嘆いている話もよく聞いた。時代もあるのだろうか…
保育士さんは本当に職人で、専門職で、プロフェッショナルだと思う。思うからこそ、やっぱり合うところを見つけたいですよね。浮記さんの保育園探し、納得できるところがあるといいな。
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