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    Sophy's philosophy

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    ソフィーズフィロソフィ

    perfect days

    お昼に Wim Wenders の Perfect Days を観てから、夕方にイシュミナで「ほんとうのこと」とは、を話してるのを聴いてリンクしたのだった。DVDのエクストラに収録されていた Wim Wenders のインタビューで、彼が「役所広司が自分の部屋の畳を掃除するシーンで、新聞紙を濡らしたのを撒いてから、それらを掃き取るのをやったんだ。祖母が実際にやっていたのだと言っていた」と話していた。

    それが、フィクションでもなく、ドキュメンタリーでもなく、その両者が同時に存在しているのが Perfect Days の役所公司であり、トイレ清掃をして暮らす平山なのだ、というようなことを言っていてわたしはすごく腑に落ちた。

    わたしがいま考える、ほんとうのことを、ここに書いておこうと思う。ほしばさんが「過去の自分からのメッセージが今の自分に届くのが日記」と言ってたように、いつかの自分へ。

    いまのわたしにとってのほんとうのことは、フィクションもドキュメンタリーも同時に存在している生き方なんじゃないかと思ってる。それは特に、「日記に書く」という文脈においてよく現れているような気がしている。まだうまく言えずに意味わからないけど、日記にはすべてをまるまる書けているわけじゃない。書きたくないんじゃなくて、書ききれてないという表現が正しいかも。ドキュメンタリーだって、映像で切り取っているわけだしね。

    そこにフィクション的な「これを残しときたいな」という選択してる気持ちが被さってくる。だから写真は、どうせならかわいくて美味しそうなのを載せたいし、数枚シャッターを切ったうちのいい感じに写せたのを載せたい。正直に言えばあんまり思い出したくないくらい辛いことは書けていない自分は居る。いや、ツライと書いて違うことがいま分かった。父のことは書けたから直接的な辛さではなく、不安を書きたくないんだ。不安だと思ってるが、なんとかなると思えてることは書ける。だから実は不安というか、恐怖を書けないのかな。それは考えたくないし、あとで読み返して辛くなりそうだという防衛反応かもしれない。

    いまのわたしの書く「ほんとうのこと」は、いまの自分を自分でなんとかかんとか等身大のように切り取った姿。無いのに取り繕ったところを書くほうが想像力が続かない。まあだから、インスタは疲れた。そういう意味では、わたしはほんとうのことを書いているとも言えるかな。Am I true to myself? その問いに対峙できてると思う。それも三十年商店があるからこそ。ありがとう。

    Wim Wender の作品はこれからさらに観ていきたい。先日観た Paris, Texas がすごく好きになって、そこに収録されていた彼の解説が流れるバージョンを何度も観てより魅かれたのだった。通常なら修正を掛けたくなる緑色のライトの光をそのままつかうことで印象に残してるとか、嵐の中を走る車からの空、夕焼けや夜景。彼は光の色をうまく届けてメッセージにしてる。

    今日写真を撮ってないから、いつかのソフィとカフェ。クラシックなシルバーに載せられてきた小さなお菓子たち。

    お誕生日のお祝い、ありがとうございます♡

    ほしばさんに「ふふふって声が出るくすぐったいあの感じ」、浮記ちゃんに「転校してしまったけど仲良しの女の子」と言ってもらい、レシーヘンちゃんに至っては25年越しにようやく4×5の長期記憶化してもらえて、とってもうれしい日だった。

    書き手

    sophy

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    イタリア・ベルガモ/46歳

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