社員証は5年ごとの更新でその際に顔写真も新たなものを撮影する。私は今年の更新対象。撮影用の機械は渋谷の本部に設置されているのだけど、11月上旬までなので、仕事は色々あるが、忘れないうちに撮影に行くことにする。5年前は受付があってカメラマンが撮影していた気がするが、今回はあらかじめ自分のマンナンバーをシステムに入力して生成されたQRコードを紙で持っていき、自動撮影機に読み込ませてから撮影して、画像を確認登録する仕組み。まあ、現在ならこういうやり方になるだろう。
5年前に撮影した今の社員証の顔写真。明らかに今より太っている。(笑)iPadの日記記録を調べると前回の撮影は2021年11月19日。この日の体重は78キロだった。ここ数年72〜3キロをキープしているので、それよりは一段デブだ。
残念な話だが、子どもが生まれてから、私の体重はだいたい80キロを超える水準で推移していたと思う。怖くて体重計に乗っていなかったから分からないが85を超えていた時期も広島時代はあったと思う。常に多少は走っていたけど体重をコントロールできるほど走り込む時間はとても作れなかった。仕事も忙しいし、家に小さい子どもが5人いたら、自分の時間なんてほんの僅かしか作れない。そしてストレスによる暴飲暴食。(笑)
2013年に広島から東京に転勤した際、一足先に単身赴任で帰ったため、10ヶ月間、暇な時間が出来過ぎて走りまくったところ、体重は70キロを切るくらいまで落ちたのだけど、また葉山で家族と暮らし始めたら、すぐに80キロ台に戻ってしまった。(笑)
しかし50代になって健診で体重や腹囲が基準を超えると、保健指導を受けるように会社から指示がきて非常に面倒くさい。そして慢性的な体重オーバーによる腰の不調にも嫌気がさし、この先の人生で2度と80キロ台には戻らない、と決意して減量を始めたのが2021年の7月だった。なので11月はその減量作戦の途上。何とか80キロを切るところに到達していたくらい。
2021年というと子どもたちは、筆頭の長女から高3、高2、中2、そして双子が小5。さすがに小5になると、自転車で逗子に少年野球の練習に行くのも二人で行かせていたので、私にも物理的に走る時間が取れるようになっていたのだろう。ただ当時はまだコロナの色が濃くて、当時の日記には毎日、朝起きて計った体温が書いてある。
前後の日記を少し見ると、当時は日曜日の生放送の担当をしており、日曜日の朝に毎週早朝出勤していた。そしてそのあとに大森町の父の老健に面会に行ったりしていて、それなりに忙しい。でも、長年の母の頑なな支援拒否で続いていた老々介護、それによる母の介護ノイローゼと私と兄への当たり散らしなど、積年の懸案を何とか整理して10月に父を老健に入所させて母を介護から解放し、この時期は私と兄にとって、束の間の安息期だった。
年明け、父の皮膚の癌が再発悪化し、毎週の通院が始まり、老健の次の受入れ先探しに奔走しつつ、私は急性白血病で倒れた同僚の業務を肩代わりして選挙担当を兼務するようになり、その間にも職場、家庭でコロナの発症が相次ぎ、長女は大学受験・・・結局父は4月に亡くなり、私はその葬儀や後処理を抱えたまま参院選業務に突入しつつ、高3長男は野球部最後の夏大会、それは中3次男も小6双子も同様で・・・我が家、過去のどこを振り返ってもお腹一杯だ。(笑)
今回撮れた職員証の顔写真、5年前よりは明らかに顔はスマート。5年後って、もうないかな?

来週月曜日の会議資料を渋谷で取りまとめてしまおうと、作業をしていたのだけど、一人の担当者から資料が届かない。やむなく用事を片付けて駅に向かっていると、スマホにメール着信。電車に乗る前に片付けてしまおうと宮下公園のカフェに入りPC起動。渋谷でカフェなんて入ったのは何年ぶりだろう?
今週もお疲れ様でした。今夜は休肝。家では試験で分からなかった数学の問題について、双子1号君が次男に指導を受けていた。聞いていると、割と優しく丁寧に教えていた。次男、結構数学はわかっているらしい。ところでこの浪人生、受験はどうなっているんだったかな?




