うれしかったんだ きょうも
ほしばさんの好きなカップルの話、わらっちゃった。なぜならわたしも池松×河合ペア推しだからで、菅田×小松ペアに対するチョッ...

浮記
ウキ
2026年4月26日
子ども発熱3日め。もともと旅行の予定だったから夫婦2人そろっているのだけど義両親を召喚してしまった。こちらももともと旅行の予定だったから時間はあると言ってくれたので。
ウキッコいま約12kg、出だしBIG BABYだったくせにこれで成長曲線下側なのだから2歳児は平均もうちょい重いらしいと思うとびっくりする。1歳のときは「歩くのたのしぃ⤴」という感じで抱っこの割合はかなり減っていたと思う。それが1歳後半からは「アッコレイ!アッコレイ!」の連続である。これも今だけだと思うとカワイイのか?「抱っこで」のことでイヤイヤと共に放たれる言葉がどんどん謎のかけ声になってきている笑 あまりに「アッコレイ!」のとき「アッコレイ!」と復唱すると本人もその可笑しさに気づいて笑う。続いて「おおきいアッコ!」とは「立って抱っこしてくれ」の意。まあ基本小さいアッコでいいときなんかない。1回のアッコレイは1分とかで終わる。でも降ろしたらまたアッコレイ!なので、それが疲れる。まあ、これもかわいいのが、さいきん推しのカレーパンマンのぬいぐるみをベッドに持ち出すとき「アッコするね、大きいアッコね」とカレーパンマンを立って抱っこして揺れながら寝かしつけるようになった。というか何かとわたしがしてあげたことを真似するようになってきて、可笑しいのと愛情?が子どもにちゃんと伝わってるのかな?とほっとする瞬間でもある。
そんな感じで12kgに永遠抱っこをせがまれたら抱っこ紐でいくらでもやってあげたいのだけど、お熱があってもスーパー元気なウキッコは「アッコレイ!」から始まり、ダンスやトランポリンを強要してくるし、電車をもって低空飛行のまま家中をついて回らなければいけなかったり、急に「ねんね!」とベッドに連れていかれて横になれるかと思いきやそこで劇がはじまって、とにかく起き上がったり座ったり、わたしが指示通りに動かないとキレて「アッコレイ!」が発動したりで、もうオバはんをそんな動かさんどいてくれ!と、ひーひーなのだ。夫とエンジョイしてくれる時もあれば「パパじゃないの!パパあっち行って~!!!!」となるときもあり、普通に楽しいはずのダンスもトランポリンも(+_+)みたいな顔で参加してしまう。体力というか、おかしなテンションには自信があったから子どものそういうの付き合える自信あったのにな。なめてたわ。
じぃじばぁばが来ればわたしの存在は遠くに追いやられ、やっと一息つけるのだ。ほんと、自分の精神力と体力の無さと言ったらさ。
はたから見るお店屋さんごっこはスーパーカワイイ。「クロワッサンください」と言ったのに渡されるスイカとか。「バナナジュースといちごジュースどっちがいいですかー」と聞かれて「バナナジュースで」と言ったら「ないよ!いちごジュースならあるよ!」と言われるなど突っ込みどころ満載なところとか。永遠「じゃあ、ハンバーグと、ごはんと、ヨーグルトと、ごはんと、ハンバーグ、つくるね!」と独り言いってたりとか。文字にできないくらい雰囲気でいっている「いらっしゃいませー」とか。だんだん近づいてきてはいるけれど。
ずーっと咳がでてしまうのは仕方ないとして、いま、深夜1時、ちょっと怪しい呼吸になっておりヒヤッとした。「鼻がひくひくしていないか」とか「鎖骨や肋骨の間がへこんでいないか」とか、正直いっつも難しい。クループ咳と言われる犬吠様咳嗽は前回動画がとれたので、たまに聞き返して「うん、これじゃない」と判断できるようになったけど。昼間がいくら元気でも夜急変ってのを何回かやったので、前よりかは「なにか起きてもこうすればいい」という経験値がすこしできたけれど、それでもやっぱり自分以外の命の責任が自分に100%ふりかかっている状態はこわい。世の中の父ちゃん母ちゃんすごいや、本当。矢印の逆転も我が家はまだまだ先(と思いたい)けど、それもすごいことだ。
だから昼間はいいのだ、ほんとうは明日召喚させていただいて今日は2人で看る予定だったけれど結果来てもらってよかった。4月、保育園半分休んだかな?あんまり稼働できなかったので明日は仕事をさせていただきますよ、がんばろう。
もしもしちゃんの日記、いつも面白いけれどたまにほんとに何回も何回も読みたくなる回があって、こちらも。まさに今もドキュメンタリー撮ってもらっているきもちでやろう。ちょうど去年の今頃も保育園の洗礼にやられていて同じようなことを思っていたや。ネガティヴ要素強めだったけど笑
サイコさんの言葉にもまた勇気づけられちゃった。つい幸福をたくさん享受しておきながら少しでもうまくいかないと「わたしゃ誰かと暮らすの向いてないんだ」って悲観しちゃうけれど、“誰かと一緒に生きることは、幸せと同量の厄介さが確実にある。”ほんとそれー。厄介さがない人生なんてね。

埼玉県さいたま市/36歳